今年、看護学部に進む者です。男性です。じ
つは赤十字から奨学金借りようと考えています。その際に看護師像について論文を書かなければなりません。看護について調べて試行錯誤しながら考えました。以下、書きましたので何か意見があればいただきたいです。
看護師とは、全包括的な生活の体現者である。つまり、職務として、治療の為に日常生活とは明らかに異なる身体的かつ精神的苦痛によって支障の生じた状況にある患者をできる限り、そのような支障を取り払い、基本的な動作、病院生活の手助けをしなければならない。さらに、患者自身だけでなく、その家族の精神的補佐にも気を配る必要がある。
そして、看護師は、患者のケアを通して患者の様態や様子を読み取り、経過を観察して、最終的にアセスメントを行い、その情報を医師と共有する事で、より良い医療を提供しなければならない。
最後に、常に奉仕の精神を持ち、人の尊厳を尊重しなければならない。
このように、看護とは、人の精神状況や家庭状況、また社会的状況を考慮して、医療行為を円滑にするための補助をし、さらに人間的な生活の体現を目指すものなのである。
うーん、ちょっと読みづらいです。
あまり難しい言葉を多用し過ぎない方が印象良いかもしれませんよ。
読み進めても、当たり前なことしか書いてなく、masamさんの看護観が全く伝わりません。
看護観は根本はおなじでも一人一人少しづつ違うものだと思います。だから本に書いてあるようなことを羅列するのではなく、
もっと自分の体験や思いを反映させたほうが、相手を納得させる内容になると思います。
内容がかたく、なにを伝えたいのかわかりませんでした。
看護師でなくても誰でもわかる文章に書き直してみてください。
経験から得た看護観でいいと思います。
自分の言葉で、自分らしい看護観をのべるだけです。上手く書こうということではなく、伝えたい思いを書いてみて下さい。それを親などに読んでもらって伝わればいいと思いますよ。
masamさんが書いたものは看護観ではなく、看護という仕事内容を書いたものです。
しかも自分の考えや言葉ではなく、本やネットで調べたものを繋げ合せたような印象です。
例えば「あなたの父親観はなんですか?」と聞かれた時に「父親とは子供を愛情を持って養育・保護する者である。義務を持ってこれらを実行するために妻との協力も必要となる。」とは答えないと思います。
大体は自分が持つ父親のイメージや、なりたい父親像を話すと思うのですが。
看護観も同じです。自分がどのように患者に看護をしたいのか、それがあなたの看護観になります。
…論文だからといって、あまり背伸びをしなくてもいいのでは?と思いました。
私は看護師になって数年経ちますが、未だにしっかりとした看護師像を述べよ…と言われても、難しいですし(^_^;)
他の皆さんも書かれているように、ご自分の言葉で、ありのままの考えを書いてみてはどうでしょうか?
どんなに言葉を繕っても、相手に伝わらなければ意味がありません。
…少し厳しいことも言わせ頂きましたが、ご自身が納得できる論文が書けるといいですね。
頑張って下さい。
もし、本当に論文を書くことを求められているのなら、短くても論文の形式を踏襲する必要がありますし、提出先が何を求めているのかを把握する必要があるのではないでしょうか。
前回は、たくさんの回答ありがとうございました。厳しい意見もありましたが、それらを活かして看護師像について再び論文を書きました。是非、読んで頂いて感想を頂きたいです。
私が目指す理想の看護師像は3点ある。
まず、患者と接する時は単なる同情や憐れみではなく、常に誠意と思いやりを尽くしたい。何故ならば、同情や憐れみは、相手を差別化し、上から目線的で、倫
理的に良くない。それよりも、誠意と思いやりを尽くすことで、患者も心を開き、またコミュニケーションが取りやすくなり、場のなごんだより良い看護が目指せるであろう。
次に、個を意識した看護をしたい。やはり、人に応じて、社会環境、生活環境は異なり、それらに影響されて考え方、精神状況、身体状況が変わる。だからこそ、洗髪、食事介助、体位変換、注射、点滴など基本的な業務に加えて、しっかりと患者とコミュニケーションを取り、患者が普段医師に言いにくいことや、患者の要望などを聞いてそれら看護に活かし、一人、一人の看護を目指せないであろう。
最後に、より幅広い視野を持ち、どこでも通用する看護師になりたい。具体的には、語学力を身につけて、災害派遣、海外派遣にも積極的に参加したい。そうすることで、異文化交流によって、自分の知らない自分を発見したりなどにより、より客観的に自分を見ることができるであろう。さらに、精神的にゆとりが生まれたり、視野が広くなったりと自分としても成長が可能となり、それらの経験が看護に活きて来るであろう。
これらの理想像を実際の臨床の場で実現するのは困難だと思う。しかし、この理想に出来る限り近づけようと、向上心をもちつつ、たゆまぬ努力を続けられる人間でありたい。
一部書き間違いました。2つ目の理想像の記述の最後の部分を一人、一人の看護を目指さなければならない。と、書き変えます。
『私が目指す理想の看護師像は3点ある。
まず、患者と接する時は単なる同情や憐れみではなく、常に誠意と思いやりを尽くしたい。何故ならば、同情や憐れみは、相手を差別化し、上から目線的で、倫理的に良くない。それよりも、誠意と思いやりを尽くすことで、患者も心を開き、またコミュニケーションが取りやすくなり、場のなごんだより良い看護が目指せるであろう。』
→もっとmasamさんが、どうしてそう思ったのか読みたいです。1つにしぼってもっと深く書くとより読み手が納得できる内容になるような気がします。
あと同情や憐れみという言葉は適切ではないと思います。
その言葉を出した時点でmasamさんはそういう思考があるのかな?と思っちゃいました。
たとえば、『身体的なケアだけではなく、常に誠意と思いやりを尽くしたい。……』など他の言葉の方がいいのかなと思いました。
『次に、個を意識した看護をしたい。やはり、人に応じて、社会環境、生活環境は異なり、それらに影響されて考え方、精神状況、身体状況が変わる。だからこそ、洗髪、食事介助、体位変換、注射、点滴など基本的な業務に加えて、しっかりと患者とコミュニケーションを取り、患者が普段医師に言いにくいことや、患者の要望などを聞いてそれら看護に活かし、一人、一人の看護を目指せないであろう。』
→洗髪、食事介助、体位変換は確かに基本的な業務かもしれないけれど、そういう日常のことの方が個別性が出るような気がします。
ちょっと文章を入れ替えてもわかりやすいかなと思いました。たとえば、
『……。だからこそ、しっかりと患者とコミュニケーションを取ることが重要である。洗髪、食事介助、体位変換などのケアでは患者の要望などを看護に活かし、患者一人、一人にあった看護を目指したい。』
『最後に、より幅広い視野を持ち、どこでも通用する看護師になりたい。具体的には、語学力を身につけて、災害派遣、海外派遣にも積極的に参加したい。そうすることで、異文化交流によって、自分の知らない自分を発見したりなどにより、より客観的に自分を見ることができるであろう。さらに、精神的にゆとりが生まれたり、視野が広くなったりと自分としても成長が可能となり、それらの経験が看護に活きて来るであろう。
→『より幅広い視野を持ち、どこでも通用する看護師になりたい。』という思いと海外や災害派遣にあまりつながりが見えない。
気持ちにゆとりがあれば広い視野が得られるなら、技術の向上や様々な知識を得ているほうが、客観的に自分の看護を見つめ直せるような気がします。
もっと納得できる根拠が必要だと思います。
初めの文章より、masamさんの考えが見えて良かったです。頑張って下さい。
論文ですから、最初に自分が調べた「看護とは」「看護師の任務とは」の文面も引っ張って書くと良いと思います。一般論で良いです、簡単に。その後、自分の考える看護について語り、最後に今後の方向性を出すとよいと思います。「これから4年間看護を学ぶ課程で 現実の厳しさを知ったり、看護観が変わる事が起こるかも知れない。しかし、それは期待でもある。看護師への第一歩を踏み出せた事に感謝し、努力をして行きたい。」な ど。学生に立派な看護観は求めません。学ぶ課程でぼんやりでも掴めてくればいいのです。頑張って下さい。
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